オレときいろ
絵本は爆発だ!
いきなりで恐縮なのですが、率直に言って、僕は「大人へ向けた絵本」がきらいです。
絵本とは子どもが楽しむべきもので、最初から大人へ向けた、あるいは子どものことをないがしろにした絵本というのは、読むと首をかしげてしまいます。
この『オレときいろ』は、子ども向けといって良いのか? しかし、大人向けでは絶対にありません。
大人である僕の、引きずったままの子どもの感覚が喜んでいることがわかる、つまりは、誰もが宝物にしたくなるような、そんな絵本です。
『オレときいろ』
作・ミロコマチコ
出版社・WAVE出版
木の上に座っている猫の「オレ」のもとに、とつぜん「きいろ」があらわれるところから物語ははじまります。
きいろはオレがつかまえようとすると逃げ、必ずつかまえてやる、と息巻くオレのもとへ降ってきたり、地中から吹き出てきたり。
ただひたすらに爆発的に増え、ただひたすらに豪速で過ぎ去り、オレに蹴散らされてもまた生まれ、この世のあらゆるものを象り、オレの、そして読者の前をぐらんぐらんとほとばしっていきます。
つまり、お分かりいただけると思いますが、ストーリー性はあまりありません。
しかし、この作品は読者の心をつかんで離さないのであります。
きいろは、ほんとうに「黄色」です。
真っ白なページに、あまりにも鮮やかな黄色が、ミロコマチコさんの手により塗りつけられています。
その黄色は光り輝かんばかりで、読者に、自分が読んでいる、というより
「絵が目に飛び込んできている」
という錯覚すら覚えさせてくれます。
きいろは、生まれてくる命のようなもの。
命という現象そのもののような気もします。
それら命という現象、ただ生まれてくるものたちの息づかい、力強さを、ミロコマチコさんはすくい取り、描き、この絵本を作り上げました。
「爆発している」と、読者は感じずにはいられません。
目を奪われるとはこのことなのでしょう。
岡本太郎さんは「芸術は爆発だ!」と遺されていたけど、「絵本は爆発だ!」と僕はひとりうなずいたのでした。
作品のフィナーレは、きいろがどんどんどんどんと増え続け、鮮やかに咲き誇ります。
いのちは爆音で生まれ、嵐のように荒れ、そうして最後は、おだやかに揺蕩いつづけるのでしょう。
きっと子どもに話してもむずかしいことですよね、書いてる僕も「うーむ?」てなもんです。
でもきっと、この絵本を読むと子どもたちも、心の底から湧き立つなにか(この絵本のなかの『きいろ』のようなもの)を感じ取り、ただひたすらに楽しんでくれるのではないでしょうか。
言葉も理屈も超えた、エネルギーの放出。
この絵本は、いつまでも輝き続けているのです。